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菱田春草(ひしだ しゅんそう)

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菱田春草-黒き猫菱田春草(ひしだ しゅんそう)は、1874年に長野県で生まれた日本画家です。
16歳になると、東京美術学校(現・東京藝術大学)に進学します。そこには、1年先輩に横山大観がおり、当時の校長であった岡倉天心からは強い影響を受けました。29歳になると横山大観とともにインドへ渡りました。

菱田春草(ひしだ しゅんそう)また、その後、アメリカ、ヨーロッパへも行き、自身の世界観を広げました。作風としては、輪郭線を廃した無線描法を試みましたが、世間的には非難されますが、後に高く評価されるようになりました。

1909年、屏風に描いた「落葉」は、第3回文展で最高賞を受賞し、後に重要文化財となります。菱田春草の晩年の代表的な作品のひとつです。
1911年、36歳で腎臓炎のため死去。

1874年 長野県飯田に旧飯田藩士の菱田鉛治の三男として生まれる。
1888年 上京して城正明に日本画を学ぶ。
1890年 東京美術学校普通科(現・東京藝術大学)に入学。橋本雅邦に師事する。
1894年 岡倉天心の勧めで川端玉章に円山派を学ぶ。
1895年 卒業制作「寡婦と孤児」が最高点を取る。
1898年 東京美術学校をやめ、日本美術院創立に参加。
1903年 横山大観とともにインドへ渡航。
1904年 岡倉、大観とともにアメリカへ渡り、ヨーロッパを経て翌年帰国。
1906年 日本美術院の五浦移転。大観、観山らとともに制作。
1908年 東京へ戻り、代々木に住む。
1909年 第3回文展で「落葉」が最高賞を受賞。
1911年 腎臓疾患(腎臓炎)のため逝去。享年37歳。

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