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井上有一(いのうえゆういち)

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井上有一は、戦後の日本現代美術を代表する書家です。

1916年に、東京・下谷二長町にに古道具店の長男として生まれ、1935年に小学校の教員となります。
1941年より8年間、上田桑鳩に師事し書を学びます。
1945年の東京大空襲の際、東京都墨田区の学校で宿直をしていました。仮死状態となるも、奇跡的に一命を取り留めます。
東京大空襲で教え子を亡くした井上有一は、その後、『東京大空襲』と『噫(ああ)横川国民学校』の計31点の作品を完成させます。

1952年のとき、上田桑鳩のもとにあった同志5人(森田子龍・井上有一・江口草玄・関谷義道・中村木子)で「墨人会」を結成します。

1950年代後半には、ニューヨーク近代美術館の「日本書道展」や、サンパウロ・ビエンナーレ展など海外でも作品を発表し活躍をみせています。晩年は自宅アトリエで創作を続けました。

有一の代表的な作品に、漢字の一文字を大きく書いた「一字書」があります。紙をはみ出して書かれる豪快な一字書は、書のイメージを超えた作品です。代表作は京都国立近代美術館などに収蔵されています。

略歴

1916年 東京・下谷二長町にに古道具店の長男として生まれる。
1935年 本所区横川尋常小学校の教員となる。
1941年 上田桑鳩に師事し書を学ぶ。
1945年 東京大空襲により仮死状態となるも蘇生。
1949年 「墨人会」を結成。
1954年 ニューヨーク近代美術館で開催された「日本書道展」に出品。
1957年 第4回サンパウロ・ビエンナーレ展に「愚徹」を出品。
1976年 神奈川県高座郡寒川町立旭小学校校長退職。
1985年 逝去。享年69歳。
1986年 京都国立近代美術館に代表作62点が収蔵される。

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