取扱作家

益田鈍翁(ますだ どんのう)

1848年-1938年

買取できる品目

益田鈍翁について

益田鈍翁(ますだ どんのう)は、三井財閥の最高緒経営者として活躍した実業家であり、晩年には茶人としても名を馳せた人物で、「千利休以来の大茶人」とも称されています。鈍翁は号で、本名は益田孝(ますだ たかし)といいます。

近代数寄者としても有名な鈍翁は、小田原に別邸「掃雲台」に建設した茶室で多くの数寄者と茶会を催し交流を深めます。そこから小田原や箱根へと近代茶人らが集まるようになります。近代茶人らの中でも益田鈍翁は、茶人として名高い原三渓、松永耳庵とともに近代三大茶人の一人とも称されています。

鈍翁という名の由来は、鈍翁が還暦の年の1908年頃に手に入れた表千家6世家元覚々斎の楽焼茶碗「鈍太郎」だといわれています。それ以前は「観涛」と号してます。茶道具の収集家であった鈍翁は、「鈍太郎」以外にも弘法大師筆「崔子玉座右銘」を手に入れています。そしてその翌年には大師会を開いて披露しています。

益田鈍翁が日本の美術品を収集するのには個人的な趣味もありましたが、それと共に日本の貴重な財産である美術品が海外に流出するのを防ぐ意味もあったといわれています。
益田鈍翁は昭和13年、91歳に掃雲台で死去し、その墓所は護国寺にあります。

略歴

1848年 佐渡国雑太郡相川町に生まれる
1863年 フランスに派遣し幕府の遣欧使節団に参加
1867年 旗本となる
1868年 騎兵頭並に昇進
1869年 ウォルシュ・ホール商会に1年間勤務
1872年 大蔵省に入り、造幣権頭となり大阪へ赴任
1874年 先収会社の東京本店頭取(副社長)に就任する
1876年 中外物価新報を創刊
1876年 三井物産設立し、初代総轄(社長)に就任する
1889年 三池炭鉱社(後の三井鉱山)を設立
1892年 社長退任
1896年 東京品川御殿山の自邸で大師会茶会を開催
1900年 台湾製糖を設立
1906年 小田原市の板橋に別邸掃雲台を建設
1914年 三井財閥から引退
1918年 男爵に叙せられる
1938年 逝去。享年91歳

関連作家

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