取扱作家

武野紹鴎(たけの じょうおう)

1502年-1555年

買取できる品目

武野紹鴎について

武野紹鴎(たけの じょうおう)は、千利休の茶の湯の師匠の一人であり、わび茶の「中興の祖」として有名です。

1502年に堺の豪商・武田信久の長男として大和国吉野郡に生まれた紹鴎は、24歳のとき、京に上り当時最高の文化人とされた三条西実隆に師事し、古典・和歌を学びます。その後、紹鴎は実隆から学んだ和歌の教えを茶道にも取り入れていきます。
歌道を研究する傍ら、茶の湯は、藤田宗理と村田珠光の弟子・十四屋宗悟らから学びます。

31歳になると、臨済宗・大徳寺の古岳宗旦のもとで出家剃髪し、茶の湯に専念するようになり、「佗び茶」の道を追求しました。道具の秘伝書「山上宗二記」においては、「枯れかじけ寒かれ」の理念で茶の湯の境地を目指していたとされています。

紹鴎の弟子には、千利休以外にも娘婿の今井宗久、津田宗及、その他戦国武将たちも数多くおり、彼らによって継承されたと言われています。

略歴

1502年 大和国吉野郡に生まれる
1525年 父の元を離れ、勉学のため24歳で京都の室町通四条にいく
1528年 当時最高の文化人とされた三条西実隆に師事
1530年 従五位下因幡守の官位を得た
1531年 山科本願寺の戦いに従軍
1532年 故郷の堺へ戻る
1532年 臨済宗・大徳寺の古嶽宗亘のもとで出家し、「紹鷗」の法名を与えられる
1537年 三条西実隆と父・信久が亡くなる
1542年 茶人である松屋久政を招き茶会を開催
1555年 急死。享年54歳

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