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久保田一竹作品はすべての商品が我楽洞では高額買取対象です
久保田一竹(くぼた いっちく)は染色工芸家で多くの着物を創り上げています。我楽洞ではこの作品を幅広く買取しております。久保田一竹の作品、着物の買取依頼をご検討されていましたら、ぜひ我楽洞にご相談ください。
我楽洞では、久保田一竹の作品の買取を強化しておりますので、ぜひご相談ください。
どなた様であっても丁寧にご説明、査定を行いますので、初めての方でも安心してご依頼いただけます。
久保田一竹作品の買取について
略歴
1917年 | 東京神田の骨董品屋の息子として生まれる。 |
1931年 | 友禅師小林清師のもとに入門。 |
1934年 | 大橋月皎師に人物画を学ぶ。 |
1936年 | 北川春耕師に日本画を学ぶ。 |
1937年 | 東京国立博物館で室町時代の「辻が花染め」の小裂に出会う。 |
1944年 | 太平洋戦争に応召し出兵。 |
1957年 | 本格的に『辻が花』の研究を始める。 |
1962年 | 『一竹辻が花』として自己流の辻が花を発展させる。 |
1977年 | 初めて自身の装飾着物の展覧会を開催。 |
1990年 | 「フランス芸術文化勲章」シェヴァリエ章を受賞。 |
1993年 | 文化庁長官賞を受賞。 |
1994年 | 河口湖畔に自ら「久保田一竹美術館」を建設。 |
2000年 | ベルリンとウィーンにて個展を開催。 |
2003年 | 逝去。享年85歳。 |
久保田一竹(くぼたいっちく)は1917年、東京の神田の骨董品店の息子として生まれた染色工芸家です。小さなころに関東大震災が起き、骨董品店の商品がすべて全焼したところを目の当たりにし、将来自分で何かしらの技術を身につける必要があると考えました。
17歳(1934年)で画家の大橋月皎(おおはしげっこう)から人物画を学び、その2年後には、北川春耕から日本画、山水画、水墨画を学びます。1937年に東京国立博物館で目にした室町時代の「辻が花染め」の布地の小裂(こぎれ)に魅力を感じ、強く心に刻まれたようです。一竹は、「辻が花染め」を過去の図柄で終わらないように現代の美術的センスを融合させようと研究を始めました。しかし、27歳(1944年)で太平洋戦争へ出兵し、敗戦に伴い捕虜となりシベリアに抑留されます。捕虜となっている間も監視官に見つからないように布を染めたり、筆で絵柄を描くなどしていました。
その後、帰国することができ、1957年に本格的に「辻が花」の研究を始めます。60歳(1977年)になると初めて自身の着物の展覧会を開催することができました。そして徐々に世間からの評価が高まりました。1990年にはフランス芸術文化勲章シュバリエを受章。そして1994年に久保田一竹美術館が山梨の河口湖の近くに開館。1995年にはアメリカのスミソニアン美術館にも展示されました。2003年に85歳で逝去。
久保田一竹の代表作品
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- 幻
- 桜の精が造り出す幻の花
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- 聖河
- 河の流れのごとく
久保田一竹作品の高額査定ポイント
人気の作品なら査定額に期待
久保田一竹は数多く着物を制作しており、すべて我楽洞で買取が可能です。
保存状態は査定に大きく影響
作品にカビやシミ、日焼けあるいは破れ・破損がある場合には、査定に大きく影響してしまいます。普段から風通しの良く直射日光が当たらない場所に保管するのが良いでしょう。
鑑定書があれば査定がよりスムーズに
対象の作品に鑑定書があれば、査定の際に一緒にご提示ください。鑑定書があることによって一定の価値が確認でき買取がよりスムーズに行なうことができます。
所載物・本に出てる作品は査定額に期待
美術関連の雑誌や、本に掲載されている作品は、高価買取が可能です。
久保田一竹作品の買取に関してよくあるご質問
昔、祖母から久保田一竹の着物をもらいましたが、当方では上手に保管できませんので買取をお願いしたいです。
我楽洞では、久保田一竹の着物を買取しておりますので、ご連絡をいただきますようお願いいたします。