茶道具と神奈川県平塚市の歴史
七夕まつり、Jリーグ・湘南ベルマーレなどでにぎわいを見せる、神奈川県平塚市。そうしたなか、織田有楽斎や原三渓といった平塚市ゆかりの茶人も少なくありません。有楽斎は天下の織田信長の実弟にして茶聖・千利休の高弟、本名は長益です。郷里の尾張名古屋を中心に有楽流茶道を広めた茶人で、日本に3つしかない国宝茶室「如庵」の建立者としても知られています。また所持したと伝わる茶道具も国宝クラスの名品が揃い、大井戸茶碗「有楽」や唐物茶入「宗伍茄子」などが代表的です。
かつて平塚市の八重咲町には、茶室「弦斎庵」がありました。火事で焼失し、平塚市博物館で復元した際、有楽斎の秀逸な技術を借りています。これは国宝・如庵ではなく、横浜の三渓園にある春草蘆という茶室です。ちなみに如庵を模した茶室(城山庵)は、平塚市と隣接する大磯城山公園内にあります。当時ここには三井財閥の別荘が設けられており、そのよしみで本物の如庵を京都から移築した経緯も。
三渓園を造った原三渓といえば、横濱王の異名をとる希代の実業家。養蚕業や銀行経営で財を成し、茶人としても近代数寄者の1人に数えられるほどです。25歳から始めた茶道具などのコレクション総数は5000点超といわれ、横浜大空襲の影響を受けて全国の美術館に分散しています。それでも2019年に横浜美術館で開かれた「原三溪の美術伝説の大コレクション」展では、井戸茶碗「君不知」や志野茶碗「梅が香」といった茶道具類などが披露され話題になりました。原三渓はコレクション収集を通じて、類稀な審美眼が高く評価されたと伝わるだけあって、改めてレベルの高さを目のあたりにした来場者は多かったといわれています。そのほか平塚市平塚2丁目で営む京乃屋も、湘南エリア有数の茶道具を揃えることで有名です。
平塚市で茶道具買取を専門とする我楽洞では、これまで希少性の高い茶道具をはじめ、有名な作家や職人が制作した茶道具を出張買取させて頂いております。また、「遺品整理をしていたら古い茶道具が出てきた」、「引越しをするため片付けをしていたら茶道具があった」などお手持ちの茶道具を整理したい際は、我楽洞にご連絡ください。
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主な買取対象の茶道具としては、茶碗・茶杓・御風炉・釜・茶掛けなど幅広くあります。その中には、三千家ゆかりのものや著名な茶人が愛用した茶道具、千家十職と称される職人たちによって作られた茶道具も含まれます。また、中国や朝鮮など外国で作られた茶道具も買取対象です。茶道具を売るなら、業界有数の買取実績があり、国内最高峰の美術商の組合「東京美術商協同組合」に加盟している「我楽洞」へお任せ下さい。
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平塚市で買取対象の主な茶道具
茶碗、茶杓、御風炉、茶掛、花入、棗、蓋置、水指、風炉先、御釜、茶入、香炉、香合、菓子器、銘々皿、炉縁、茶棚、急須、建水、茶托、鉄瓶、土瓶、帛紗、書付もの、その他茶道具
千家十職の茶道具
表千家、裏千家、武者小路千家、遠州派、江戸千家、上田宗箇流、織部流、石州流、藪内流、その他の流派の茶道具
主な流派の茶道具
千利休、利休七哲、蒲生氏郷、細川忠興、古田重然(織部)、牧村利貞(兵部)、高山右近(重友)、芝山宗綱(監物)、前田利長、瀬田正忠、鎌倉時代の茶人、室町時代の茶人、安土桃山時代の茶人、江戸時代の茶人、明治時代の茶人、大正時代の茶人、昭和時代の茶人、その他有名な茶人
茶人が愛用した茶道具
樂吉左衛門、大西清右衛門、中村宗哲、駒沢利斎、中川浄益、土田友湖、奥村吉兵衛、飛来一閑、黒田正玄、西村(永楽)善五郎
海外で作られた茶道具
中国茶道具、朝鮮茶道具、外国の茶道具
その他、希少価値が高い茶道具、その他有名作家や職人の茶道具を買い取りしております。
平塚市での強化買取中の茶道具作家
大西清右衛門
大西清右衛門(おおにし せいえもん)は、京都を発祥とする茶器の職人が名乗る屋号で、江戸時代初期から続く茶釜師です。千家十職の一つであり、京都市中京区の三条釜座に工房を構え、現在は十六代目が当代を引き継いでいます。茶道に精通する人たちに向けた茶釜の製造に特化し、「鋳造」という工法を用います。
大西清右衛門は、初代の大西浄林から始まり、現在まで十六代続いています。特に七代の浄玄は民衆に広く知られ、美しい釜を手がけた名工として称えられています。
大西清右衛門美術館では、書物や歴代の作品が展示され、年間イベントでは茶会も行われています。
松永耳庵
松永耳庵(まつなが じあん)は三井財閥の実業家であり、「電力王」として知られる人物です。彼は電力業界で活躍し、美術品の収集家としても名を馳せた茶人でもありました。また、近代三大茶人の一人として益田鈍翁や原三溪と並び称されます。
福澤諭吉の門下生になり慶應義塾で学んでる折に福澤桃介と出会いその後事業を共にしました。彼は電力業界の再編や戦後のインフラ構築に貢献しました。
還暦のころになると茶の湯の世界に入り、「耳庵」という号を持ち、茶道と美術品の収集に情熱を注ぎました。松永耳庵のコレクションの中でも「釈迦金棺出現図」は特に有名で、現在は京都にある国立博物館で保管されてます。