茶道具と東京都台東区の歴史
東京下町の代名詞「浅草」、常に値引きの声が絶えない“東日本で一番元気”な商店街・アメ横を擁する「上野」、という2大エリアが位置する台東区。いつの時代も台東区は浅草と上野を主軸に、活況を呈してきた歴史があります。昨今はインバウンドブームにより、浅草と上野を訪れる外国人観光客の姿が目立つのも特徴です。外国人観光客からすれば、雷門や浅草寺、上野アメ横の名は口を衝いて出ても、イコール台東区と答えられる人は少ないといわれています。それだけ浅草と上野の知名度の高さ、ひいてはインパクトの大きさを伺わせるところ。
そんな浅草に根付き、今日に紡がれている伝統文化が数多くあるのも台東区の特徴です。代表的な伝統工芸品に神輿、江戸切子や東京桐箪笥などが挙げられます。茶道や茶道具に関しては、江戸指物と江戸漆器が有名です。ちなみに台東区を拠点とする茶道流派「江戸千家」は、江戸指物の茶道具を好みとすることから、技術の伝承のみならず、町人文化の“粋”も今日に残しています。茶道教室では浅草オレンジ通り沿いで営む「茶禅」が、これまでに多くの外国人観光客を受け入れていることで知られています。
それとは別に、上野公園内に立つ“トーハク”こと東京国立博物館の北側庭園には、知る人ぞ知る5棟の名茶室も。近代数寄者に数えられる松永耳庵や原三渓らを魅了した「春草廬」、千利休と古田織部に次ぐ茶人・小堀遠州の手がけた「転合庵」などが、屋外展示されています。なおトーハクは国宝89点の所蔵と日本一で、ジャンルも絵画~金工まで多彩です。茶道具の国宝は皆無ながらも、中国南宋・建窯産の油滴天目に見られる唐物や朝鮮陶磁器などのコレクションが充実しています。
台東区で茶道具買取を専門とする我楽洞では、これまで希少性の高い茶道具をはじめ、有名な作家や職人が制作した茶道具を出張買取させて頂いております。また、「遺品整理をしていたら古い茶道具が出てきた」、「引越しをするため片付けをしていたら茶道具があった」などお手持ちの茶道具を整理したい際は、我楽洞にご連絡ください。
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主な買取対象の茶道具としては、茶碗・茶杓・御風炉・釜・茶掛けなど幅広くあります。その中には、三千家ゆかりのものや著名な茶人が愛用した茶道具、千家十職と称される職人たちによって作られた茶道具も含まれます。また、中国や朝鮮など外国で作られた茶道具も買取対象です。茶道具を売るなら、業界有数の買取実績があり、国内最高峰の美術商の組合「東京美術商協同組合」に加盟している「我楽洞」へお任せ下さい。
事前の茶道具簡易査定をご希望の場合は、メールもしくはLINEにて売却希望の茶道具作品の画像をお送り下さいませ。お品物のご説明と簡易査定額をご提示させて頂きます。
台東区で買取対象の主な茶道具
茶碗、茶杓、御風炉、茶掛、花入、棗、蓋置、水指、風炉先、御釜、茶入、香炉、香合、菓子器、銘々皿、炉縁、茶棚、急須、建水、茶托、鉄瓶、土瓶、帛紗、書付もの、その他茶道具
千家十職の茶道具
表千家、裏千家、武者小路千家、遠州派、江戸千家、上田宗箇流、織部流、石州流、藪内流、その他の流派の茶道具
主な流派の茶道具
千利休、利休七哲、蒲生氏郷、細川忠興、古田重然(織部)、牧村利貞(兵部)、高山右近(重友)、芝山宗綱(監物)、前田利長、瀬田正忠、鎌倉時代の茶人、室町時代の茶人、安土桃山時代の茶人、江戸時代の茶人、明治時代の茶人、大正時代の茶人、昭和時代の茶人、その他有名な茶人
茶人が愛用した茶道具
樂吉左衛門、大西清右衛門、中村宗哲、駒沢利斎、中川浄益、土田友湖、奥村吉兵衛、飛来一閑、黒田正玄、西村(永楽)善五郎
海外で作られた茶道具
中国茶道具、朝鮮茶道具、外国の茶道具
その他、希少価値が高い茶道具、その他有名作家や職人の茶道具を買い取りしております。
台東区での強化買取中の茶道具作家
魚住為楽
魚住為楽(うおずみ いらく)は、現代の日本工芸における銅鑼づくりの名家であり、3代目が当代を務めています。「魚住為楽」の名は、金工家の屋号で、大正時代から受け継がれています。
初代為楽は銅鐸の研究を通じて砂張鋳造技術を確立し、茶道具や銅鑼などを手掛け、その評価は高く、重要無形文化財保持者として人間国宝にも認定されています。初代為楽の長男である幸平が二代目を任されるも戦死し、まだ高校生だった安彦が後継者となります。安彦は茶人としても活動し、多くの茶道具を制作しました。
安彦は63歳で紫綬褒章を受章し、2年後に三代目「魚住為楽」を襲名しました。為楽は重要無形文化財の「銅鑼」技術保持者として認定され、2012年に薬師寺に「砂張水指」を献上しました。現在は後継者の指導に努めながら、魚住為楽の伝統を守り続けています。
松永耳庵
松永耳庵(まつなが じあん)は三井財閥の実業家であり、「電力王」として知られる人物です。彼は電力業界で活躍し、美術品の収集家としても名を馳せた茶人でもありました。また、近代三大茶人の一人として益田鈍翁や原三溪と並び称されます。
福澤諭吉の門下生になり慶應義塾で学んでる折に福澤桃介と出会いその後事業を共にしました。彼は電力業界の再編や戦後のインフラ構築に貢献しました。
還暦のころになると茶の湯の世界に入り、「耳庵」という号を持ち、茶道と美術品の収集に情熱を注ぎました。松永耳庵のコレクションの中でも「釈迦金棺出現図」は特に有名で、現在は京都にある国立博物館で保管されてます。