茶道具と埼玉県さいたま市大宮区の歴史
さいたま市の主要部を担う大宮区は氷川神社、ソニックシティやアルシェが、古くから知られる定番スポットです。ソニックシティやアルシェは大宮駅西口の桜木町にあり、氷川神社は東口から徒歩10分ほどの場所に鎮座しています。3つの新幹線が停まる大宮駅は、乗り場も20ホーム以上と埼玉県で最大規模です。
西口から直結する大宮アルシェを経て、駅前の大通り沿いに大宮ソニックシティがそびえ立ちます。大宮アルシェは女子高生を中心とした利用客層に人気のアパレルショップなどが集まる、大型商業施設です。渋谷系のファッションやトレンドを発信していることから「埼玉のマルキュー」の愛称で親しまれています。
ソニックシティは高さ137mを誇る、大宮区のランドマークです。国際会議室から展示場まで、年間を通してシンポジウムやフォーラムなどが開かれます。屋外広場やホールでのコンサート開催も盛んで、秋恒例の「アニ玉祭」は大宮ソニックシティの名物イベントです。
一方、大宮駅東口は「なんぎん・きたぎん」の通称で分けられている銀座通りを中心にオフィスビル、高島屋やラクーンよしもと劇場などを有する繁華街が形成されています。この駅前界隈の先にあるのが、日本一の長さといわれている、約2kmの氷川参道です。けやき並木の参道を進むと、大宮氷川神社に向かいます。
大宮公園内に構える氷川神社は初詣や酉の市で賑わいを見せるなか、実は文化的な年間行事も見どころの1つ。能楽や狂言を披露する薪能、埼玉県茶道協会による氷川献茶会が代表的です。参道沿いには茶道や華道などの活動を目的とした、氷川の杜文化館も設けられています。そのほか茶道や茶道具においては大宮区土手町の石州流、上小町の住宅地にある裏千家の両当主が著名です。
さいたま市大宮区で茶道具買取を専門とする我楽洞では、これまで希少性の高い茶道具をはじめ、有名な作家や職人が制作した茶道具を出張買取させて頂いております。また、「遺品整理をしていたら古い茶道具が出てきた」、「引越しをするため片付けをしていたら茶道具があった」などお手持ちの茶道具を整理したい際は、我楽洞にご連絡ください。
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主な買取対象の茶道具としては、茶碗・茶杓・御風炉・釜・茶掛けなど幅広くあります。その中には、三千家ゆかりのものや著名な茶人が愛用した茶道具、千家十職と称される職人たちによって作られた茶道具も含まれます。また、中国や朝鮮など外国で作られた茶道具も買取対象です。茶道具を売るなら、業界有数の買取実績があり、国内最高峰の美術商の組合「東京美術商協同組合」に加盟している「我楽洞」へお任せ下さい。
事前の茶道具簡易査定をご希望の場合は、メールもしくはLINEにて売却希望の茶道具作品の画像をお送り下さいませ。お品物のご説明と簡易査定額をご提示させて頂きます。
さいたま市大宮区で買取対象の主な茶道具
茶碗、茶杓、御風炉、茶掛、花入、棗、蓋置、水指、風炉先、御釜、茶入、香炉、香合、菓子器、銘々皿、炉縁、茶棚、急須、建水、茶托、鉄瓶、土瓶、帛紗、書付もの、その他茶道具
千家十職の茶道具
表千家、裏千家、武者小路千家、遠州派、江戸千家、上田宗箇流、織部流、石州流、藪内流、その他の流派の茶道具
主な流派の茶道具
千利休、利休七哲、蒲生氏郷、細川忠興、古田重然(織部)、牧村利貞(兵部)、高山右近(重友)、芝山宗綱(監物)、前田利長、瀬田正忠、鎌倉時代の茶人、室町時代の茶人、安土桃山時代の茶人、江戸時代の茶人、明治時代の茶人、大正時代の茶人、昭和時代の茶人、その他有名な茶人
茶人が愛用した茶道具
樂吉左衛門、大西清右衛門、中村宗哲、駒沢利斎、中川浄益、土田友湖、奥村吉兵衛、飛来一閑、黒田正玄、西村(永楽)善五郎
海外で作られた茶道具
中国茶道具、朝鮮茶道具、外国の茶道具
その他、希少価値が高い茶道具、その他有名作家や職人の茶道具を買い取りしております。
さいたま市大宮区での強化買取中の茶道具作家
武野紹鴎
武野紹鴎(たけの じょうおう)は、千利休の師匠であり、わび茶の「中興の祖」として知られる人物です。
1502年に生まれ、三条西実隆に師事し古典・和歌を学んだ後、藤田宗理と村田珠光の弟子・十四屋宗悟らから茶の湯を学びました。臨済宗・大徳寺の古岳宗旦のもとで出家し、茶の湯に専念し「佗び茶」の道を追求します。紹鴎は千利休をはじめ多くの弟子を持ち、娘婿の今井宗久や津田宗及など、戦国武将たちにも継承されました。
大樋長左衛門
大樋長左衛門(おおひ ちょうざえもん)は、京都を発祥とする楽焼の茶器を手掛ける大樋焼の屋号で、現在は十一代目が当代を務めています。約350年の歴史があり、現在でも「楽家脇窯」として楽焼を正式に公表される唯一の家元です。
初代の土師長左衛門が開窯し、「飴釉の釉技」を後世に伝えました。四代目は「黒楽茶碗」を確立し、五代目は「大樋焼 中興の祖」と呼ばれ大きな黒茶碗で評価されました。八代目以降は茶道界との関係を深め、九代目は黒幕釉の陶才を発揮しました。十代目は陶芸界に大きく貢献し、文化勲章や文化功労者に輝いています。現在の十一代目は陶芸家でありながら世界的デザイナーでもあり、国内外で活躍しています。